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音楽を楽しむために必要なモノ ~前編~

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ウメです。

皆さんは、日常の中で「音楽」という言葉を聞いた時、どんな事を想像するでしょうか?

ある人は、途端に大好きなアーティストの曲が、頭の中で流れ始めるでしょう。またある人は、自分が歌を歌ったり楽器を演奏して楽しんでいる姿をイメージします。中には、音楽によって勇気づけられたり、感動で涙する人たちの事を思い浮かべる人もいるかも知れません。

どれが正解という事ではなく、これらは全て音楽です。人それぞれ、イメージする「立ち位置」の違いがあるだけで、根っこは一つ。本来、音楽とは「耳を使って音を楽しむ」という事以外に小難しい定義などなくて、その楽しみ方は、人によって自由自在であるはずです。

これは、ごくごく当たり前の事なのですが、私たちはひとたび「音楽活動」をするようになると、このシンプルで大切な事も簡単に忘れてしまいがちです。かつての私がそうだったように、本来は楽しくてたまらないはずの音楽が、いつの間にか「音苦」に変わってしまうのです。

お気に入りのCDを聴いたり、歌を歌ったり、楽器を演奏したり、曲を作ったり…。音楽に限らず、自分一人の世界に浸って好きな事に没頭するのは、とても楽しい事です。子供の時、夜更かししてまでゲームに熱中したのと全く同じで、時間を忘れてのめり込んでしまう程、音と触れ合う事自体が楽しいというのは、まさに文字通り「音楽」です。

これが「音楽活動」となると、良くも悪くも、常に「第三者の評価」がついて回る分、状況が大きく変わってきます。音の「受け手」から「送り手」へと立ち位置が変わるからなのですが、上手にシフト・チェンジできないと、音苦への道を突き進んでしまう事になります。ここで多くの人は、「100%」「一気に」「無理やり」、立ち位置をシフト・チェンジしようとします。これこそが、音苦の原因なのです。

皮肉なもので、「自分=送り手」という過剰な思い込みは、逆に受け手との距離を作り出してしまいます。ここが最も勘違いしやすい所で、音楽活動をする以上、確かに自分が送り手になる事は変わりはないのですが、同時に受け手でもある事を、絶対に忘れてはいけないのです。アーティストとは送り手でありながら、それと同じ位の割合で、受け手でもあるのです。

自分が作品を作ったり演奏したりする立場であっても、他のアーティストの作品や演奏に感動する事もあれば、受け手が感じてくれた事から、さらに大事な何かを得るケースもあります。こう考えると、送り手や受け手といった考え方自体、持つ必要はないのかも知れません。

本来、「音楽活動」とは、とても素晴らしい活動です。自分の音楽を多くの人に知ってもらうために、様々な工夫や試行錯誤をしていく中で、自身が人間的にも大成長しないわけがありません。また、人に喜んでもらったり、褒められたりした時の喜びと言ったら、計り知れないものがあります。

そういった、他には代えられない充実感がある事を知っているからこそ、私は音楽活動に励む人たち(特にプロを目指す音楽フリーター)には、音苦の道を選んで自分の可能性を押し殺す事だけはして欲しくないと、切に思っているのです。

〜後編に続く〜


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